一週間以上前に観劇したけど時間がなくて感想まとめるの遅くなりました。何年か前にNHK FMで「今日も1日ミュージカル三昧」というラジオ番組がありまして、BWで成功を収めたばかりの渡辺謙がゲストに出たんですね。そこで「いつか東京でも公演したい」と述べていて私はそれを聞いて「またまた~リップサービス~」としか思わなかったんだけどまさか本当に実現するとは思いませんでした。WE公演の話もしてましたから東京の話も既にその時あったんですね。かなり前から決まっていたスケジュールというのが今になると分かります。
で、感想はというととってもよかった!海外カンパニーでもワールドツアーだと玉石混交というのを私も学んだのですが、WEのカンパニーを連れてきているのでみんなうまい、隙がなくて完成度が高い!WEの舞台を日本で観られる機会なんてそうそうないし、これが19000円ならむしろ安いと思いました。私が観たのは2日目と早かったんですが既にBWとWEでやっててその流れを組むカンパニーだったから息もぴったり、初めての劇場でも即座にきちんと合わせてくるのプロだなあと思いました。
映画も未見だったので初めて内容を知ったのですが結構笑いの場面があるんですね。今から見ると古さも感じるけど1951年にこの内容って当時としては結構踏み込んでるような?西洋人の書いたものだからもっと偏向しているのかと思った(失礼)。もしかしたら現代に合うように脚色されている部分があるのかもしれないけど今度映画版も見てみようかな。
とは言っても昔ながらの良さは残されています。まずオーバーチュアがあるのいいですよね。どこか懐かしさの漂う旋律で「昔の作品なんだな」というのが分かる。謙さんもラジオで「いつも舞台袖でオーバーチュアを聴いている。物語の世界へ誘ってくれるから」と語っていたのを思い出して、今この瞬間彼も聴き入ってるのかなと想像しましたw
冒頭からケリー・オハラが出てきて早くもテンションが上がります。私にとっては2006年BWリバイバル版パジャマゲームのベイブの人ですよ!とにかくうめーの、安定しているの。ミュージカル女優として円熟期なんでしょう。母親のような優しさをたたえつつ、契約にはうるさいw家庭教師アンナです。何故アンナが「家を手配してくれ」とそこまでこだわるのか分からなかったけど西洋の国と張り合うには契約を蔑ろにしてはいけないと説きたかったのかなと解釈しました。前にタイに行った時昔の宮殿を見たことあるけどめっっっちゃ広かったので他の家なんて要らないじゃんと思ってしまったw
普通絶対的な権力を持つシャム王に歯向かうなんて恐れ多いと思うのですがアンナは果敢にもズケズケと言いたいことを言います。しかもかなり強情。王様はぷんすかしながらも「面白い奴め」とフィクションだとよくある展開になります。当時のタイでは王に対しては頭を地面に付けてひれ伏さなければならないんだけどアンナはバッスルの付いたドレスを着用しているから変な形にたわんでしまってその絵面だけで面白い(多分古い因習のおかしさを表現する意図もあるんじゃないかな)。2人のやりとりがああ言えばこう言うって感じで、渡辺謙とケリー・オハラの息がぴったり合ってます。英語のリスニング力ないから当然字幕で内容を把握するんだけど2人の掛け合いの間だけでふふっとなってしまう。実際お互い信用し合ってるんだろうなあというのはラジオのトークからも伺われて、「ケリーは最初の本読みの段階で歌までパーフェクトだった。何度もトニー賞にノミネートされていて今度こそ受賞させてやりたいとカンパニー一丸で願っていた。満を持して受賞できて本当に嬉しかった」と自身の主演男優賞ノミネートはそっちのけで熱弁していたのが印象的でした。とにかく場数を踏んで培った信頼関係がアンナと王様のやり取りにも滲み出ていると感じました。
この王様、息子の第一王子に「親父、地球が丸いのも確信持てないの?」と言われぐぬぬとなり国の未来が自分の双肩にかかるプレッシャーと世界のままならなさを歌います。思えばこの作品王に名前は付いてないんですよね。彼もまた1人の人間なのに常に王であることを強いられる。この重圧たるや想像もできません。と言ってもここては彼の人間らしさが強調された表現なんで深刻な雰囲気ではないんですが。ちょうど同時代の日本も同じ状況だったからよく分かる。周りの国々は欧米の列強の圧倒的なパワーにひれ伏し植民地となる中でどうすれば自国の独立を守れるか?結局「ルールを決める側」に合わせないと自身が飲み込まれてしまうので必死に西洋の風習を取り入れる辺り日本の明治維新とそっくりです。アンナはただの家庭教師ではなくシャムの近代化を手助けするキーパーソンだったという訳です。イギリス特使を西洋式晩餐会でもてなすのも「うちは文明国なんで攻めるとか変な気起こさないでね」アピールのため。日本にも鹿鳴館とかあったしわっかるー。見よう見まねの西洋スタイルは今から見ると滑稽だっただろうけど当時の人たちの真剣さを思えば笑えないです。
見事晩餐会は大成功!宴のあとで王はアンナの功績を称え2人は踊ります。これがかの有名な「Shall We Dance?」です。男と女が手を取りダンスをするのは深い仲だと思っていた王が西洋のスタイルでアンナと踊る。2人の心が一つになった瞬間です。しかしすぐ後に決別に至る決定的な出来事が起こり…この辺とてもうまくできてます。心が通じ合ったと思ったらストンと落とす。途中ちょっとだるい?シーンもあるんですがこの展開の鮮やかさ、そしてラストまでの緊張感は名作と言われる所以だなあと思いました。
ラストは前半のコミカルな雰囲気とは打って変わって荘厳な雰囲気で終わります。次世代の王への権力の移譲とタイの近代化の一歩を象徴するシーンです。ここで渡辺謙がキャストに選ばれた理由が何となく分かった気がします。傲慢だけど茶目っ気があって、重圧に苦しみながらも王としての責務を果たし次の世代へ望みを託す威厳ある王という複雑な内面を表現できるアジア系の俳優となると限られるし。日本でミュージカルの経験はないし歌の人ではないのに何故選ばれたんだろう?と思ってましたがこの演技力はすごい!と唸りました。いや昔から知ってたけどさ、独眼竜政宗からすごかったし。
主演の2人以外では第一夫人であるチャン夫人役のルーシー・アン・マイルズさんがよかった。王に対する敬愛の情と深い慈しみの心が表れていました。この方もトニー賞助演女優賞を受賞したらしいです。しかも5日間限定の出演とあって忙しい中来日してくれてありがとう!たまたま観られたのは幸運でした。あと大沢たかおさんがクララホム首相役で出ているんですね。WEからの合流で王のアンダーも務めたとのこと。東京では主演2人はアンダー立てるのかな?大沢さんの王を観たい人もいると思うんだけどな。彼も出番多くて王様好き好き成分強めな首相でした。演技力に定評ある人だし存在感あってよかったです。
それにしても日本でWEのカンパニーを観られる機会って珍しいけど連れてきたのがミュージカル畑にはいない渡辺謙さんだったってのが考えさせられます。日本でも才能ある人多いんだろうけど「歌がうまいだけなら腐るほどいるんで唯一無二の武器がないと通用しないよ」ということなんだろうな。彼は洋画の出演経験も豊富だしあちらのスタッフとのコミュニケーションを取りやすいという側面もあったと思う。あとアジア系でないと演じられない役だったし。シャム国側の人間は皆アジア系でまとめていたのも今回の公演の特徴で最近みんなこんな傾向ですよね。渡辺謙と大沢たかおは私からするとタイ人には見えないけれどあちらの人はどう見えるんだろう?もっとも私もアングロサクソンとゲルマンとラテンとスラブ民族の違いさっぱりですけどねw