新ロシア版ホームズ #8バスカヴィルの犬(追記あり)

いよいよ最終回の新ロシア版ホームズ。前回が「最後の事件」ということは今回はホームズ再登場ということだろうけどなぜタイトルがバスカヴィル?いえいえよく見てください、バスカヴィル「家」ではないことに。ここ重要ですよ!

ホームズがモリアーティとの死闘の末ライヘンバッハの滝に消えてから3年、ワトソンはハドソン夫人(マーサ)と結婚したが刺激のない退屈な生活を送り、夫婦の間もマンネリした空気が流れていた。そんなある日若い女性がワトソンの元を訪ねてくる。彼女の恋人が殺され捜査してほしいと依頼に来たのだ。しかしホームズはもういない。ワトソンが断ろうとしたその時レストレード警部がやって来た。ちょうど同じ事件についてマイクロフトからワトソンに捜査に協力するよう要請があったと言いに来たのだ。兄弟だけあって弟と瓜二つのマイクロフト。しかし一緒に行動するうち何かがおかしいと気がつく…

まずここで2話の伏線回収。2話でマイクロフト初登場の時顔が映されなかったのはこのためだったのか。恥ずかしながら私は「モリアーティとマイクロフトは同一人物なのか?!イニシャルも同じMだし!」なんて当時一瞬思ってたよ。でもそれなら3話で目隠しされたホームズがモリアーティに会った時声で気付くはずだよな?私のへっぽこ推理はともかく、それだけのためにマイクロフトの顔を隠す必要はなかったのでは?なぜならすぐにワトソンはシャーロックの変装だと見抜いてしまうから。原作のホームズならワトソンの前でもボロを出すことはなかっただろうが、ここのホームズは推理力以外は未熟な点が多いので、久しぶりに会ってつい気を許してしまったのか、悪態をついたり酒を飲み過ぎたりと油断しまくりwそして見抜いた時のワトソンの反応が笑える。これまでこのシリーズを見て来た者なら大体察しが付くんだけど…そう、ボコボコにする!おまけにマーサまでホームズをビンタ!やはりこうでなくっちゃ(ホームズには気の毒だけど)!そういやBBC版でもジョンがシャーロックをしこたま殴っていた気がする。それも「俺がどれだけ悲しんだと思ってるんだ、なのにコケにしやがって」みたいな同じ理由で。偶然とは言え「ホームズ物で現代の解釈を取り入れたらパラレルワールドでもこのシーンは同じ結果になるのね」と思った。でもワトソンの「ホームズの部屋をそのまま残して聖域にした」はちょっと言い過ぎでは。ホームズの部屋を保存したはいいものの、小説のイメージに作り変え博物館として一般公開していたのだからそれはそれでちゃっかりしている。そんなこんなでせっかくの再会なのに喧嘩ばかりしている二人にマーサが一喝。年甲斐もなくわちゃわちゃ喧嘩するおっさんにおかみさんが叱るという構図が戻った!ワトソンと夫婦になったものの二人だけでは倦怠感が生じていたけど、ホームズが加わってようやく皆本来の役割を取り戻して生き生きし始めたと言うか。

そしてホームズの口からモリアーティも生存していることが語られる。今回の事件も彼が一枚噛んでいるのだ。捜査を進めるうち犠牲者が更に増えていく。これ以上はネタバレになるので切り上げるが、今回の事件の凶器はとにかく精巧で、当時の技術であんな技術があったのか?と疑問に思うが、それを言うなら7話のアレもそうだし、原作でも奇想天外な凶器はあったので許容範囲かと。

そして個人的にほうと思った箇所が。モリアーティがゆすりに使うネタがイギリスの最重要機密で、その取り扱いで何人もの人間が死んだというのが今回の事件。その最重要機密についての話題の時ワトソンの印象的なセリフが出てくる。「伝統を忘れた国家は滅びる運命にある。伝統の上に国家や国民の生活が成り立つ」と。この作品には時々はっとする発言が出てくることがあってなかなか侮れない(いや元々侮ってませんがw)。あまり深い意味はないかもしれないけど、どういう意図で挟まれたセリフなのかなとちょっと考えてしまった。

ホームズとモリアーティの最終決戦はロンドンのとても象徴的な場所で繰り広げられる。モリアーティの陰謀を止めるトリックも最終話のタイトルにつながる後日談もゴローさん(孤独のグルメ)ばりに「ほう、そう来たか」と唸らされる。ホームズいつの間にバイオリン弾けるようになったの?なサプライズもある。

最後まで見て思うのは「これもしかして続編の構想あったんじゃないか?」ってこと。でも続編が作られる可能性は残念ながら低いと思われる。なぜならワトソン演じるアンドレイ・パニン氏が既に亡くなられているから!シリーズ通してこれが最大のネタバレなのではと思うほどに個人的には衝撃的だった。主役のホームズはこれまでにないホームズ像を作り出したし、レストレード警部はいぶし銀の存在感だし、ハドソン夫人は大天使だけど、この新ロシア版を唯一無二の物にしているのはワトソンなのではと思う。いつもホームズに巻き込まれているとでも言いたげな困った表情を浮かべながら実は自ら進んで危険な冒険に乗り出すワトソン、内気で自分の気持ちを表現するのが下手なワトソン、腕っぷしが強く射撃の名手なのにどこか自信なさげなワトソン、かと思えばいざという時には凶暴さも垣間見せる油断ならない武闘派ワトソン、エトセトラエトセトラ…ともすれば、強い個性を放つホームズの語り部に落ち着いてしまいがちな存在をこれだけ生き生きとした多面性のある人物に造形できたのはこの役者さんゆえではと回を追うごとに強く思っていた。だから彼がいなくては新ロシア版ホームズはもう作れないだろうなと思ってしまう。シリーズ通して傑作揃いだったため、返す返すもそれだけが残念なのである。

(8月20日追記)最近シャーロック・ホームズの原作を読み直しているんですが、ホームズ復帰第1作「空家の冒険」に8話に出てくる凶器のモデルがあったんですね!モリアーティの残党に狙われている事を知ったホームズがベーカー街の住居の窓に自分の胸像を置いてシルエットを写し敵に狙わせて罠を仕掛ける話なんだけど、そこで使われた凶器が遠くからでも狙える空気銃という次第。ドラマほど高性能はなさそうだったけど(いや、ドラマの方があり得ないって)。私はグラナダ版で、身を屈めて胸像を回転させるハドソン夫人が可愛かったことしか覚えてなかったよ。原作読んでから感想書けばよかった!

(8月23日追記)追記追記で申し訳ないけどもう一個原作ネタ見つけた!「ブルースパーティーントン設計書」の話が結構そのまんま使われてるんですね!こうして見ると原作のエッセンスをうまく取り入れ新ロシア版らしく話を練り直しているのが分かる。うまくできてるなあ。原作も面白いですよ。冒頭から茶色い油の霧にまみれるロンドン(公害の酷さにちょっと引いてしまう)が描かれ、滅多にルーチンワークから外れないマイクロフトが再登場し、ホームズ、ワトソン、マイクロフト、レストレードが一緒に行動する貴重な話である(家に侵入する時マイクロフトが手すりを超えるのを嫌がりプンスカしてたりする)。またツンデレホームズが一瞬ワトソンにデレを見せる場面もあり、「こんな場面書くから後世の読者にあれこれ言われるんだよ(何が?)」などと思ってしまう。「他の可能性がなくなれば最後に残ったそれがどんなにあり得なそうなことでも真実である」という名言が出てくるのもこの作品。

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