100分de名著「高慢と偏見」

25分×4週かけて一つの文学作品についてあれこれ考察するEテレ(未だに教育テレビと言ってしまう)の番組「100分de名著」。7月は我らがジェーン・オースティンの「高慢と偏見」。ちょうど没後200年に合わせて持って来たのだろう。放送した時から遅れましたが今回はこの番組について、いつもの如く「※個人の感想です」としか言いようないものを書いていきたいと思いますw

まず解説の先生の主人公エリザベスに対する視点がかなり辛口wな所がびっくりしたw私は好きすぎてかなり盲目になっているので「うんうんそうだよねリジーちゃん」としか思えなくなってるのだが、本を何冊か出すくらい思い入れがあっても客観的な目を失わないのはすごいと思う。

以下どう解説されていたか具体的に書きますね。エリザベスは母親から十分な愛情を受けず、父親からは評価されてるがその父は知性があっても無気力で、それらが彼女の人格形成に大きな影響を及ぼしている。認知療法では世界観や信念を形成する土台を「スキーマ」と呼び、成長するに従って考え方の癖が形成されそれを「自動思考」という。スキーマによる自動思考で偏った考えになることを「認知の歪み」と呼びこれが偏見となる。エリザベスのスキーマは「もっと上昇したいと思う成り上がり思考」だと番組では述べられている。

ここまで見て「えーっ?そうかな??」と疑問に思ってしまった。エリザベスはあの父母から生まれたにしては随分まっすぐに育った方だと思うけどなあ!むしろ「成り上がり思考」なのは三女メアリーと四女キティじゃないかしら。メアリーは美人じゃないし地頭もよくない。両親からの評価も高くないのでお稽古事に勤しみ説教集を読んで賢そうな事を言って自分を高く見せようとしている(でも底が浅い)。一方のキティは五女リディアと同類の享楽的なバカ娘だが妹より地味で自分というものがなく妹の後にくっついて何とか追い付こうとしている。エリザベスの「自分を安売りしない」というプライドを「成り上がり」という否定的な言葉で表すのはどうなんだろかと考えてしまった。それに現代の心理学的手法を昔の小説に適用するのもちょっとよく分からん…

コリンズを殊更嫌ったのも、彼も自分と同じ「成り上がり」で同族嫌悪みたいなものが生じたからだという。でもコリンズって誰からも嫌われる描かれ方してるよね(それが却ってある意味彼に魅力を与えてしまっているけどw)?プロポーズの時に「あなたの経済力を考えれば悪くない提案だと思いますよ」なんて足元見られるような事言われればエリザベスでなくても腹が立つと思う。ミスター・ダーシーだって1回目の告白はエリザベスの家柄や経済状況に言及して見事振られているのに。

ミスター・ダーシーにダンスを誘われ断る場面、エリザベスはただ冷たく断るだけでなく悪戯っぽい眼差しを投げかけるのだが、この媚びない態度が自己アピールにつながったという。嫌っていながら自らミスター・ダーシーに絡んでいくのは無意識の戦略であり、彼女の「成り上がりたい」というスキーマから「ミスター・ダーシーのような男の人に自分を認めさせたい」(恋愛的な意味でなく)という自動思考につながるという。

ええー?そうかなー(2回目)?エリザベスはもうこの時はミスター・ダーシーのことを無意識だけど気になってたんだと思うよ?だってネザーフィールドの舞踏会で彼と踊った時殆ど口論のようだったけど恋が育まれる過程を見ているようだったもん。私あの場面好きでBBCドラマ版でも何度も再生してる。少女マンガでも王道じゃん「意識する前はケンカばかりしてたけど実はその頃から好きになってた」ってのは。「高慢と偏見」は元祖少女マンガだし少女マンガを読み慣れてる身としてはそうとしか解釈できないんだけどなあ(根拠薄弱でごめんなさい)。番組の解釈だとエリザベスが計算高い女に見えてしまうんだよなあ。

ここまでで番組は3回分使ってます。残るは後1回。原作を読まれた方なら分かると思うけどまだ半分位しか終わってないんですね。どうやって最後まとめるんだと思ってたらかなり巻き巻きになります。

ミスター・ダーシーの告白を断ってからエリザベスは叔父夫妻と旅行に出かけ偶然にも彼の屋敷ペンバリー館を見学することに(屋敷を見学させてもらうのは当時メジャーな観光だったらしい)。エリザベスもミスター・ダーシーが不在だと聞いて承諾する。屋敷の豪華な内装を見ながら「私この屋敷の女主人になってたのかもしれないわ」と思うエリザベスに虚栄心がむくむくと芽生えてきたと番組で言われてたけど私この場面好きw自分でも同じこと考えたと思うものwつーかこう思わない聖女はどれだけいるのだろうかw

終盤に近づき今度はキャサリン・ド・バーグ夫人との対決の場面。ここでエリザベスは激しい言葉で夫人に反論するけど、番組では「自分の社会的地位の低さをこれでもかと非難されプライドがズタズタになって怒りを爆発させた。ここでもプライドと偏見を克服できない」と言われてそこまで言われるの流石にエリザベス可哀想じゃないかと思ってしまった。あそこまで侮辱されて相手が誰だろうと怒らなきゃミスター・ダーシーが惚れたエリザベスじゃないよ。はいはいと受け入れたらコリンズになってしまうではないか。

ここまでかなり批判的に述べてきましたが、実はこの番組印象悪くないんですよ。確かに私の意見とは違うけど「虚栄心」とか「高慢」とか「偏見」といった短所を否定しているわけではないから。これはプライドや偏見を逆手に取って武器として使う物語だと番組では述べている。「悪徳も含めた本質をオースティンは描きたかった」というのには同意。俗っぽい人間が俗っぽいまま成功してめでたしめでたしという所がいいのだ。そして鋭いと思った点もある。特にミス・ビングリーがエリザベスの悪口を言いながら同時に自分の短所をさらけ出してしまっているという指摘やキャサリン・ド・バーグ夫人がちょっかい出したことが二人が結ばれるきっかけになったことについて皮肉を重ねながら物語を重ねていく見事な技術と指摘したことついてはなるほどと思った。

あと、この番組には男女二人の朗読があるのですけどそれがとてもドラマチックで聞き応えあるのですよ!私はこれを見て朗読劇に興味を持ちました。女優さんの髪型が優雅に結ってあってなんとなく当時の雰囲気を再現しており、こういうとこセンスいいと思う。再現アニメーションもキャラがBBCドラマ版にそっくりに作ってあるし、ドラマの一場面も使われている。再放送があれば見てほしい番組です。

“100分de名著「高慢と偏見」” への2件の返信

  1. 雑食さん、こんにちは。
    この番組、やはり御覧になってらしたのですね!
    今回の解説者、廣野さんの話は共感する部分もあり、今でも「そうかな?」って思う部分もあり、でも大方「そういう解釈も出来るんだ」って納得しました。雑食さんの感想を読むとまたいろいろ考えてしまいそうです。
    廣野由美子さんに興味が湧いたので著作『ミステリーの人間学』を読みました。230頁くらいの新書版で、気軽に購入しましたが中身は濃いです。
    オースティンについてはほんの少し触れてるだけですが、それはクリスティに絡んでますし、私がオースティンに出会う前に長い間楽しませてくれた(今も、これからもそうですが)クリスティの評価の部分も読む価値あります。
    廣野さんの他の著作も読みたくなりました。
    あ!『自負と偏見』の新訳本も購入済ですがまだ読んでません・・・

    1. こんにちは、マリコフさん。いつもコメントして下さるのが励みになっております!
      上にも書きましたけど廣野先生は「高慢」や「偏見」を否定している訳じゃないんですよね。むしろ短所をさらけ出した人間に対するオースティンの皮肉とツッコミは主人公でも逃れられないという事を言いたかったのかなーと感じました。私も散々「違う違う!」と言ってしまいましたが、この作品をより深く考えるきっかけを与えてくれて感謝しています。
      廣野先生の本面白そうですね。クリスティについてはどんな考察をされているのか興味あります。
      新訳自負と偏見は現代語寄りですので読んでてスッと入ります。個人差あるでしょうが私はくだけすぎとは思いませんでした。前の翻訳と比べてみると面白い発見があるかもしれませんね。

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