さて、次は「多神教」について。こちらは青空文庫で原作が読めるので簡単に予習しました。内容自体は単純でも言葉遣いが古いから初見では台詞が聞き取り辛いかも。原作は戯曲だけど、今回の舞台は舞踊劇ということで演出が見せ場と言える。そこで内容だけでなく演出のネタバレにも触れてしまうけど再演を楽しみにしたい方は気を付けて下さい。
冒頭から志ん輔師匠が洋装で登場。ここで物語の時代が書かれた年代と同じ頃(大正〜昭和初期くらい?)というのが察せられる。「このご時世に丑の刻参りなんて」という台詞からもそれが裏付けられる。志ん輔師匠の出番は最初だけだが、観客の心をがっしりと掴む重要な役割。原作の冒頭からしばらくは師匠の朗読で進む。朗読というより寄席を聞いてる感じに近く小ネタを挟みながら軽妙洒脱に進行。それぞれの登場人物が出てくると本格的に始まる。以下ざっくりしたあらすじ。
神楽の練習をしている村人達と神職が雑談をしていると、戸外で若い女がウトウト眠っているのが見とめられた。女の胸元から五寸釘が落ちたことから一同騒然。女はお沢という名前で、自分を捨てた男を呪うために願掛けをしていたのだ。呪いを成就させるには決して人に見つかってはならないが、今夜が最後というその日に村人達に見つかったという訳だった。お沢が藁人形を持っていたことから全ての事情を聞き出した村人と神職。邪な女め神罰を与えてやる!とお沢に辱めを与えようとしたが、そこへ媛神とお仕えの巫女が颯爽と現れお沢を救いに来た。お沢は邪悪な存在で我らは信仰に忠実なのになぜお沢を助けるのかという神職の訴えに媛神は耳を貸さず、お沢の願いを叶えてやり村人達を懲らしめた。
少しざっくりしすぎだけど大体こんな感じです。原作では村人と神職が皆男性なのでお沢をいたぶるのがストレート過ぎて胸糞悪かったけど、劇中では女性も交じっていたので和らいだかなというか。ただそこは「殿それはなりませぬ〜(帯クルクル)」で表現してたのかも?でもごめんなさい、「殿それはなりませぬ〜」は余りに記号的過ぎて私笑ってしまったwだっていかにもお約束って感じでコントっぽいなと思って。でもあそこは笑わせる場面ではなかったはずなので私の考えすぎですきっと。
恐怖時代で出番の少なかった人が多神教ではメインを張っているのが特徴。お沢の役は恐怖時代であっという間に殺されてしまったお由良ちゃん(どこか愛嬌あるのでなぜかちゃん付けをしてしまう)。お沢をねちねち尋問する神職はこれも序盤で殺される玄沢さんでした。お沢は情念渦巻く一途で一本気な女性。後ろ盾を持たず誰にも頼れないギリギリ感がよく伝わってくる。対して神職と村人達の自分が正しい側にいるという絶対的な安心感とのギャップ。世間一般の認識では、呪いで男を殺そうというのは犯罪だし、真面目に神にお仕えする者は正しい。しかしこの舞台を見て神職や村人達の言動が正しいと思う人はいないはず。現代でも信仰や正しさという権威を笠に着てやりたい放題、本質を見失っている例は実に多い。一見善/悪とされていることでもその内情は大抵の人には分からない、絶対的な正しさなんて存在しないということなのかもしれない。
お沢大ピンチ!の所へ突然の雷鳴と共に颯爽と現れたのは媛神に仕える巫女!北翔さんの登場です!歌舞伎なら花道を通ってやって来る所なんだろうけど三越劇場なのでサイドのドアから客席通路を渡って登場。そして不埒な神職と村人達をばっさばっさとなぎ倒して見得を切る!ここがとてもカッコよくて!男役で踊っていた時のドヤ感もほんのり加味されてる感じで絶対見逃してはなりません。そして舞台奥から厳かに登場した三林さん演じる媛神。お沢に優しく話しかけ彼女の願いを成就させてやると述べる。すっかり雰囲気に飲み込まれていた神職だったが、この頃になっておずおずと媛神に話しかけた。
「なぜこんな邪な女の願いを聞いてやるのですか?」
「別に邪なんて思ってねーし」
「私はこんなに真面目にお仕えしてるのに」
「別に頼んでねーし。どーせ三宝に乗ったお供え物はお前らが後で食べるんだろ」
フランクに訳しましたが本当にこんな感じのやり取りですwここは流石に客席からも笑いが起きていたw
演出面で面白いのが神様の台詞は録音の音声というところ。人間たちも神楽のお面を被っている時は台詞は別撮りでお面を取ったら肉声なんです。神と人間で分けるなら分かりやすいけど、人間もお面を被っている時は録音というのが何らかの意図があるんだろうと思う。お沢視点で人に見える/見えないという基準なのかな?ちょっと自信ないので、私はこう思う!というご意見があれば教えて下さい。
最後に「多神教」というタイトルの意味について。万物の創造主で唯一の神である絶対的な「一神教」に対し、あらゆるものに神が宿るのが多神教、人間味のある神様が多いのが多神教、光だけでなく闇もまた多神教の神が治める世界ということなのかな。「山や池や谷にも神が宿る、石垣や堤を作る時に形代として埋められたものもわたしのお友達」という意味の媛神の台詞もあるし。
好評につき6月に関西で再演決定!とはよかったですね。前にも書いたけど「多神教」の方は予め原作を読んでおくといいですよ。ちょっと難しいけど短編だし完全には理解できなくても舞台鑑賞の助けになると思います。青空文庫で簡単に読めるのもポイント高いです。