「ミス・サイゴン」25周年記念公演感想

腐れ縁のようにずるずるとWOWOW契約したままなんですが、気になる番組がちょこちょこと続くから解約できないんですよ。こちらのツボを押さえてやがる…くそっ!しかし今回の「ミス・サイゴン」、私が苦手としている悲劇中の悲劇じゃないですかー!しかも「貧困や無知ゆえに魂の清らかな者が理不尽な目に遭う」という最もダメなタイプのど真ん中じゃないですかー!こんなのは現実でたくさん見てるからお腹いっぱいだよ…いや、現実は魂がそれなりに汚れた人が多いからそこは違うけどな…とにかくわざわざフィクションで追体験しなくていいよというのが本音なんです。

でもちゃんと録画して見ましたよ。何せ超有名作品、私は普段ブログでうんちく垂れるくせに有名どころを知らないというコンプレックスがあるので一般教養のつもりで見ました。そしたら!自分でも意外だったけど一度も中断することなくテレビの前で集中して見てしまいました。役者の熱量が半端ないんですよ!キム役はキムと同じ17歳のエバ・ノブルザダという人が演じたらしいけどとんでもなくうまくて、初心で無垢でひたむきでキムを演るために出て来たと言っても過言でないくらい。よくこんな逸材見つけてきたな!他の役者もみな上手で戦争の狂気・喧騒やベトナムのむせ返る湿度、人間の欲望や愚かさや悲しさそういったものが生々しくドロドロと舞台で表現されていて圧倒されました。その場で観劇していた人達も劇場のフカフカした椅子に身を沈めながら混迷を極めるベトナムの戦地へと放り込まれたのではないかしら。ストーリーは胸糞悪すぎてこれが普通のドラマだったら耐えられなかっただろうけど、パフォーマンスがひたすら凄くて目が離せなかったです。

あらすじは知ってる人も多いだろうけどかいつまんで話すと、1975年ベトナム戦争時のサイゴン(現在のホーチミン)、村を焼かれて両親を失った17歳のキムという少女がポン引き(今じゃすっかり聞かなくなった言葉だけどこの表現がしっくり来る)のエンジニアに連れられ売春宿に迎えられた。そこで出会ったのが米兵のクリス。最初は客と娼婦という関係だったが、2人は燃え上がるような恋に落ち結婚の契りを交わす。そこへ親が決めたキムの許嫁のトゥイが乗り込んで来るがその場で撃退される。クリスはキムをアメリカに連れて行く約束をするがサイゴンが陥落して混乱の最中、2人は離れ離れになってしまった。残されたキムはクリスの子を宿しタムを出産。クリスは母国に帰りキムへの思いを断ち切るかのように別の女性エレンと結婚したが、悪夢に苛まれていた。時は過ぎ1978年、軍の幹部に出世していたトゥイがエンジニアを使ってキムを探し出し復縁を迫るが、タムの存在と今も変わらずクリスを愛してることを知って逆上。キムと言い争いになり、タムを守るためにキムはトゥイを射殺してしまう。キムはエンジニアを頼りタイのバンコクへと逃げ延びた、ここまでが一幕。

二幕はキムとの間に子供がいることを知ったクリス達がバンコクを訪ねるのだけど、元ネタが「蝶々夫人」ということを知らなくてもハッピーエンドにならなそうな空気がぷんぷんする。このお話本当に悪い人は出てこないけど誰にも感情移入できないんですよね。それなりに身勝手で弱い人間ばかりなので我々の姿そのものなんだけど、余り直視したくない部分というか。ただギリギリの状況の中で制限された選択肢しかないのは仕方ないよなと思う。もう少し若い時に観ていたら、帰国してとっとと結婚するクリスの身勝手さや初対面のエレンに「タムを引き取って」と一方的に言うキムに怒ってたと思うのだけど、今では「クリスに一途な思いを貫けと言うのも無茶だよな手近な救いを求めちゃうよな」と思えるし、「キムもクリスへの思いだけを心の支えに生きてきたのに妻がいると知ったらカッとなるよなエレンは何も悪くないけどそれを慮ることができるほどキムも成熟できなかったし」と思える。トゥイも可哀想な人だし、エンジニアなんて別の作品だったら悪役にしかならなそうなキャラなのにアクが強くてゴキブリのような生命力を持つ存在が救いにすら感じられてしまうのは、それ程戦争の過酷さが際立っているということでしょう。ただしエレンだけは何も悪くない。貰い事故のようなもので気の毒すぎる、男運のなさを呪うしかない(おい)。ストーリーは全然好みではないんだけど、それでも認めざるを得ないのはきちんと整合性が取れていることなんです。キャラの行動や思考の変化が十分説得力を持っている。「なんでこの人こんな行動を取るの?」がない。そこがトンチキofトンチキな「Love Never Dies」と違うところ(そっとしといてやれよ)。レミゼ程じゃないけど音楽もいいし。しっかしあのラストの後の遺された人々誰も幸せにならなそうで救いがないよなあ…カタルシスの欠片もない。

それにしてもこれちょっとずるい作品ですよね。ベトナムに負の遺産を遺した側がこれを作るのか…というところに少しモヤモヤもありました。実態はもっと悲惨だっただろうに(念のため断っておきますが作るなという訳ではありませんよ)。一幕では「いつ死ぬかも分からないから派手に遊ぼうぜ~ウェ~~イ!!」だったのが、二幕では神妙な面持ちでブイドイの活動(アメリカ人兵士とベトナム人女性との間にできた子供を保護する運動)に従事するある意味世渡り上手なジョンを物語に配置するのも如才ないなと思いました。ジョンの存在って「平時では良識ある人が戦時においては豹変してしまう、それ程戦争は人を狂わせる」ということを表現するためにあったんでしょうけど。でも戦後掌返ししてジョンのように素直に贖罪できた人が勝ち組(もちろん知らぬ存ぜぬを貫くよりは遥かにいいですが)で、その裏にはクリスのように割り切れない思いを抱えたまま苦しみ続けた人も多かったんでしょうね。

カメラワークもステージ全体を引いて撮る映像より人物にクローズアップした映像が多用されていて臨場感が強く、舞台を観ている感覚じゃなかったのも特徴的でした。オーストラリアの舞台を収録した「Love Never Dies」もそんな感じだったな。ここで初めて見る私のような者にとっては嬉しいけど、舞台を観たことがある人だとコレジャナイ感が出るかも。そういやこれは舞台をそのまま上演したのですよね。「レ・ミゼラブル」25周年がスタンドマイクのコンサート形式、「オペラ座の怪人」25周年がほぼステージ形式だったけどシャンデリア等の演出はなしということを考えると発展した形なのでは。栄えある記念公演ならより完全な形で残して欲しいですよね。

とことん暗くて救いがない話なんだけど、売春宿やアメリカン・ドリームの場面などとにかく派手ではっちゃけている所があるのが「抜き」の効果を果たしていてうまいなあと思いました。あの場面ないとホント閉塞感で息が詰まってしまう。その明るいシーンも現実の暗さや過酷さを際立たせる結果になっていてこれまたエグいんですけどw アメリカン・ドリームなんて現実のアメリカと乖離しまくってるし皮肉が効いてるよな。話飛ぶけど「生きる」のミュージカルに足りなかったのはこの部分だと思う。

とにかく悲劇アレルギーの私ですら楽しめたので、またWOWOWで再放送あるみたいなので未見の方はおススメです。私にとってはパフォーマンスを楽しむ作品なのであそこまで役者が揃わなければ観る気にはなれないんですけどねw

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