「next to normal」感想

何年か前にTENTHというシアタークリエのイベントでやったダイジェスト版が評判よかったので今回再演と聞いて喜び勇んでチケット取りました………がっ!今回 2チーム制なのをしっかり把握してなくて、つーか主役がダブルキャストくらいの浅い認識でいたため、今回お目当ての1人の新納さんを見逃すという大チョンボをやってしまいました!!!宝塚退団した後の望海さんを見たかったんだけど新納さんは別チームだったのね。あああ自分が余りにバカで腹立つ〜〜。コロナ禍で直前に中止になったら悲しすぎるので、敢えて情報に触れないようにしてたけど迂闊にも程があるでしょうが。でも人気公演のため既にチケット完売だそうで追いチケは叶わず。かなり重苦しい、しかも難解なテーマなのに完売ってすごいですよね。日本の場合結構重くて暗いテーマが好まれるような気がする。

そんなトラブル(?)はありつつも、とても面白かったです。ミュージカルと言うと華やかで楽しく歌って踊るのが古典的なイメージだけど、精神障害をテーマに選ぶってすごいことじゃない?よくこんなテーマでミュージカル作ろうと思ったな?その発想はなかった。どう考えてもドキュメンタリーの内容でしょうに。しかもそれだけでなく、エンタメとしても十分魅せられる物語に仕上がってる辺り、アメリカのミュージカル文化の裾野の広さを思い知らされました。

これから内容を簡単に説明するけど、徹頭徹尾ネタバレまみれなのでご注意を。大学時代に知り合った夫ダンと思春期の娘ナタリーと暮らす専業主婦のダイアナ。一見普通そうな家庭だけど何かおかしい。妙にハイで夫にぐいぐい迫るダイアナ、思春期の反抗期だけでは説明しきれない苛立ちを見せるナタリー、そしてナタリーより少し年上の兄ゲイブ。しかしゲイブの存在はダイアナ以外には気付かれない。やがてダイアナは、サンドイッチを作るために食パンを床に並べ始めてしまう。この奇妙な光景はダイアナが躁うつ病ということで説明がつく。ゲイブはナタリーの兄に当たるが、8ヶ月の時に亡くなっていた。今はダイアナの妄想の中でのみ生きている存在。愛情に飢えているナタリーは学校でヘンリーと出会う。最初は反発したものの、家庭では得られぬ居場所をヘンリーの中に見つけ交流を深めていく。一方症状がうまくコントロールできないダイアナは転医してドクター・マッデンの診察を受けるが、心の闇をあばかれるストレスに耐えきれず自殺企図に及ぶ。ここまでが1幕。

この家庭がかなり地獄み深くてぐえっとなってしまった。よき母親であろうとするも、病気のコントロールが悪くてどうにもならない。薬の副作用が強く出る割に期待する効果が得られないし、欠けた心の空白を埋める形で息子の妄想が存在し、それに支配される結果、現実の家族を振り回してしまうダイアナ。ダイアナを深く愛し病気がよくなってほしいと心から願っているが、病気に対する理解がいまいちなダン。それはダイアナをよく理解していないことと同義であり、ゲイブの否定へと繋がっている。しかしゲイブは、ダイアナが夫への不満を投影した理想の王子様でもあるわけだからダンにとっては恋敵で、そんな存在をダンが疎ましく思うのは無理もない。そして、既にこの世には存在していない、一度も会った事のない兄に生まれた時から母親の興味と愛情を奪われ、父はまだマシとは言え娘より妻に注意が向けられ、常に愛情に飢えているナタリー。肩肘張って反発するものの、心の奥底では自分を愛してと訴えている。

もうね、機能不全家庭あるあるすぎて辛い。みんな悪くないのに空回りしてて、ぐちゃぐちゃになってるの。個人的にキツかったのは、ダイアナが自殺企図した後ダンが後始末をしてる場面。救急車呼んだり入院の準備で家と病院行き来した挙句、休む暇もなく疲れ切った身体でやってるんだよ。直接的な描写はなかったけど、たくさんアムカしたと言ってたから血まみれであろうダイニングルームを1人で掃除してるんだよ。惨めさここに極まれりで、本当にいたたまれなかった。もう一つは、ダイアナがゲイブとダンスするところ。ゲイブは妄想であると同時に彼女の心の拠り所というのは分かるんだけど、あの場面って夫で満たされない男性としての魅力をゲイブの中に見出してるということでしょ。息子であるゲイブにそれを求めるのか〜妄想とは言えエグいわ〜と思ってしまった。あと、ゲイブがダイアナにとっての王子様ならば、ナタリーにとっての王子様はヘンリーと言える。機能不全家庭から子供が抜け出すには、恋人に引っ張ってもらって独立するのが手っ取り早いという身も蓋もない現実を突きつけられてやるせない気持ちになった。もちろん自力で頑張る人もいるけど、それだけの強さを教えられてこなかった人も少なくない。人は一人でどうにかできるほど強くはなれないんですよね。

ドクター・マッデンをもってしても、ダイアナの病状はよくならず、そこで提案されたのはECTElectro Convulsive Therapy)。劇中で電気ショック療法と訳されていたけど電気けいれん療法が正しい言い方。本邦でもありふれた治療法です。ただ未だに忌避感が(医療従事者の中でさえ)完全に拭えたわけじゃなくて、その理由は主に2つ。一つはどうして病気がよくなるのか作用機序がはっきり分かってないから、もう一つは過去に懲罰的に使われた経緯があったから。ダイアナが言ってた「カッコウの巣の上で」でそういう場面があったし、日本でも知りたい人は「宇都宮病院事件」で検索してね。それはともかく、この作品でのECTの扱われ方がちと雑かなと思った。他の部分では「躁うつ病はうつ病より統合失調症に近い病気」とか「精神病は高血圧や糖尿病と同じ慢性疾患」とか結構鋭いところ攻めてるだけにちょっと惜しかった。まず、「ECTの副作用は殆どない、あっても症例報告レベル」というのは、確かに薬に比べれば副作用は少ないけどそれは「長期にわたる/日常生活に困るレベルの副作用」という意味で、短期的には色々あります。代表的なのが健忘。少し前の記憶がすっぽり抜けてしまうことがあるんですね。だんだん思い出す事も多いけど。あと一時的なせん妄(意識障害)。時間や場所が分からなくなる見当識障害が一番多いです。ダイアナの場合これだったんじゃないかな。ただ家族を忘れるってあるのかな?私の知る範囲では見たことないです。とにかく、落ち着けば治るんだから「僕たちが分からないのか!?」なんて愕然とする必要はないんです。ドクター・マッデンもちゃんと説明しとけよ。初めてのECTだったんだから入院延ばして副作用の出方を見といた方がよかったんじゃね?ってフィクションに物申しても仕方ないですが。

ただゲイブのことも思い出せなくなったのはECTの「効果」でしょう。この作品を見ると「ECTって忘れさせる療法なんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、ゲイブはダイアナの妄想だから消えるってことはちゃんと効いてるんです。現実には、ゲイブの存在自体を忘れることはなくて、「あれは妄想だった」と距離を取れる形になると思うんだけどそれは置いといて。ブラックジャックにも似た話あったな。事故に巻き込まれて家族を亡くして自身も脳を損傷した男が、猫の親子を自分の家族だと誤認する話。また話が逸れてしまった。とにかく、それはダイアナが望んだ治療の形ではなかったわけです。だが、結果的にこの体験が自分の病気としっかり向き合うきっかけとなる。ありていに言えば、本当の意味で「疾病受容」をしたってことなんじゃないかな、それはゲイブを失った悲しみと真正面から向き合うという意味でもあって。だから今まで「normal」を目指して頑張ってきたけど、普通の隣「next to normal」でいいじゃないか、ちょっと変だけど変なところも含めて受け入れようというのが彼女の心の旅の帰結だったのかもしれません。ダイアナが家を出たのは、自分を見つめ直すのと同時に、今まで散々振り回してきた家族を解放させるという意味もあったと思う。

面白いのは、何となくハッピーエンドの形になってるけど実際は何も変わってないことなんですよね。こんがらがっていた糸をほどいただけ。薬もECTもやめたダイアナは近い将来ほぼ100%再発する。共依存に陥っていたダンはカウンセリングを受けることで、やがて自らを見つめ直すことになるだろうけどそれはまだ先のこと。ナタリーは家を出て独立してヘンリーと一緒になるのだろう。おそらくこの先また小さい嵐がやってきて、何とか乗り越えたと思ったらまた前よりは小さい嵐がやってきて、を繰り返すうちにだんだん落ち着いてくるんだと思います。本人の同意のもと、なるべく副作用が強く出ないように調節しながら薬を使っていく辺りが落とし所なんじゃないかしら。

最後になってしまったけどキャストについて。退団後の望海さんを見たのは初めてなんですが、2作目とは思えないほど小慣れててすごい!技術的に隙がない。これからもあちこち引っ張りだこになるだろうなあ。ダンの渡辺大輔さんは、前に見た時はもっとチャキチャキした明るい人というイメージだったので、くたびれたダンを見てこれ渡辺さんだよな?と心の中で何度も確認してしまった。カテコで元のキャラに戻っていたので安心しましたw ヘンリーの大久保祥太郎さんもよかった。彼自身もちょっとズレてて、明らかにスクールカーストが高くなさそうだけど、ナタリーの家族を見てもドン引きせずに受け止められる包容力のある存在が救いでした。屋比久知奈さんは常にイライラしてるあの思春期〜な感じ、突っ張りすぎて痛々しくて、エネルギーが鬱屈してる感じが本当にナタリーでした。ゲイブの甲斐翔真さんは、パッション溢れてとにかくエネルギッシュで、ダイアナの妄想の中の存在でも家族全体を支配しているのがよく分かった。ドクター・マッデンの藤田玲さん。私のイメージはABCブロッコリという子供向け英語番組のブロッコリなんですよ!だから元々のイケメンを見るたびにちょっと戸惑うwあなた本当にあのブロッコリ?ってw でも今回すごく上手でびっくりした。今回だって新納さんとWキャストだし、今度夏油傑やるしw

でもね、やはりもう一つのチームも見たかったよ!私のバカバカバカー!!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA