秋の夜長にぴったりな読書「レベッカ」

しばらく観劇予定はないので家で読書でもしようかと気になっていたダフネ・デュ・モーリア作「レベッカ」を手に取りました。気になったきっかけは…話が長くなるので後述しますね。この作品は原作読んだことがないのになぜか読破した気になってまして、というのも中学生の頃「ジェーン・エア」を読んだ時「これレベッカに似てるな」と思ったのは覚えてるんです。どこかで抄訳を読んだに違いない。一生懸命思い出したところ小学校の学級文庫に劇画調の挿絵が付いたミステリー小説シリーズがあってそれで知ったのかも。「ジキルとハイド」とか「モルグ街の殺人」とかエラリー・クインものもあったっけ。「レベッカ」は推理物としては単純だからそのカテゴリーに入れるのはどうかと思うけどとにかく心理サスペンスとしてすごいんです!本当によくできている!なんで私もっと早く読まなかったのバカバカー!となりました。その魅力を語るにはネタバレせずにはいられないので未読の方は注意して下さいね。つーかあの新鮮な驚きを味わって欲しいから未読なら読んでからここに来た方がいいと思います(おい)!

タイトルにある「レベッカ」は主役ではありません。それどころか最初から死んでます。なのに存在感が半端なくて作品世界を支配しているのがこれまたすごいんです。主人公は21才の「わたし」。自分に自信のない内気で非社交的な女性。両親が亡くなり生活のために富豪の付添人をしています。この「付添人」という職業が日本人の我々としてはピンと来ない。クリスティの小説では一人暮らしの女性の話し相手みたいな感じで雇用主と労働者という関係ではあるけど主従ぽくはなかったです。しかしここではどちらかと言うとお世話係みたいな感じ。それも我儘かつ恥知らずの女富豪で、まだ世間擦れしてない「わたし」は恐縮しきりで振り回され放し。2人がモナコのモンテカルロに滞在していた時、マキシム・ド・ウィンターという上流階級の紳士と出会います。マキシムは42才、1年近く前にレベッカという美しい妻を海難事故で亡くしたとのこと。ひょんなことから「わたし」とマキシムは親交を深めお互い愛するようになります。そしてマキシムは「わたし」に求婚。一気に玉の輿となり、彼の所有する「マンダレイ」という邸宅に移り住むのです。マキシムの妻になるということはマンダレイの女主人になるということ。それはただお金持ちになるという意味じゃないんです。広大な屋敷とそこで働く多くの人間を管理する、近隣の住民と交流して社交の場を作るというのはかなりスキルの要る仕事というのがこれを読むと分かります。私は「高慢と偏見」に因んで「あんな広いお屋敷に住んでみたいな」なんて軽い気持ちでこのブログのタイトルを付けたけど、そんな生易しいものじゃない!というのを思い知りました。

それまで雇われていた「わたし」が人を使う立場になる。これだけでも相当なストレスなのに、マンダレイのそこかしこに前の女主人レベッカの影響が色濃く残っているのです。いきなり気の利いた指示もできない「わたし」はレベッカの決めた通りに動くしかありません。なぜかお客さんのような気持ち。そしてラスボスはレベッカに仕えていた家政婦頭のダンヴァース夫人。この人がとーーーっても強烈で未だにレベッカを女王のように崇拝し、新しく夫人に収まった「わたし」を憎んでいる。言葉遣いは慇懃ながらも明らかな敵意をぶつけてくるのです。マキシムも語りたくない過去があるらしく時折影を見せ、レベッカを今でも愛しているのだと「わたし」は解釈してこの世にいない人間に嫉妬します。段々と「わたし」はレベッカの幻影に追い詰められ、そして結婚披露の舞踏会の場でダンヴァース夫人に陥れられたことでそれは頂点に達します。

ね!面白そうでしょ!そろそろネタバレの核心に入るから未読の人はここで引き返すが吉ですよ!舞踏会を何とか乗り切った後、とうとう「わたし」はダンヴァース夫人に切れますが、逆に彼女から心の奥底に秘めていた激しい憎悪と怒りをぶつけられ自殺しろとそそのかされます。身も心もボロボロになっていた「わたし」はふらっと従いそうになりますが、海から信号弾が鳴ったことではっと我に返ります。近くの海で船が座礁したのです。しかしそれがきっかけで恐ろしい事実が発覚。ダイバーが海に潜ったところ偶然海底に沈んだ船を見つけ、中に死体があることが分かったのです。それはレベッカの死体でした。事故後発見された遺体は別人で、実はマキシムがレベッカを殺害し船ごと沈めたのです。マキシムから告白を受けた「わたし」ですが、「わたし」にとってもっと重要だったのはその後に続く「レベッカを愛していなかった」という事実。この一言で世界が大転換するのです。それはまるでオセロで黒が白に一気に変わって大逆転するような鮮やかな感覚。思えば「わたし」が夫はレベッカを愛していると思っていた根拠はどうにでも解釈できるもの。「わたし」の自信のなさ、自己評価の低さから認知の歪みが生じていただけというのが後になって読み返すとよく分かるんです。この天地がひっくり返るような感覚こそ読書の醍醐味だな!と強く思うのであります。

そこからの「わたし」の変貌ぶりがまーすごい。「マキシムはレベッカを愛していなかった」という事実を受け止めて自分が愛されていることを知った「わたし」はそれまでのおどおどした態度は影を潜め、夫の秘密を全力で守ろうとします。殺人者の夫を何の迷いもなく受け入れある意味共犯者になることを選んだのです。それまでの「わたし」を知っている読者にとっては戸惑いすら覚える変貌ぶりで、成長したとか強くなったという一言では言い尽くせない凄みがあります。愛と共依存の境界はどこなのかなということまで考えてしまう…

ここからラストまで息つく暇のない展開が続きますが、流石に最後までネタバレするのは気が引けるのでぜひ未読の方は読んでみてください!本当に物語の構造がよくできているから!例えば「わたし」がマキシムの愛を疑うのと同時にマキシムも「わたし」から愛されているか疑ってしまうのだけど、その根拠が「自分とは年が離れすぎてる、フランク(マキシムの友人かつ屋敷の管理人)とよく話してるし(これは『わたし』が悩み相談をしていただけなんだけど)自分より若い彼の方がお似合いなのかも、『わたし』からもぎくしゃくした態度を取られるし…」というものでお互いが同じ迷路に陥って疑心暗鬼になっていたのがよく分かります。あと「わたし」がマキシムの告白を聞く直前、「自分を愛してくれなくてもいい、周りの人に悟られなければ仮面夫婦を続けよう」と悲嘆に暮れる場面があるんだけど、これマキシムがレベッカとの結婚生活で抱えていた思いと同じなんですよね。他にも一面に散りばめられている伏線が一気に収束するのがすごい快感なんですよ。

更に色々深読みも可能で、レベッカは本当にマキシムが言うような女だったのか?レベッカが最期にマキシムに向けて放った言葉は彼を呪縛するのではなく、彼に愛して欲しかったためのものではないのか?などと考えてしまいます。あとダンヴァース夫人の最後の行動の動機とかね…結局レベッカが自分に相談してくれなかったことに絶望したのもあるんじゃないかとかね…彼女もただひどいだけではなく哀れな人なんでしょうね。

映像化作品として一番有名なのは1940年にヒッチコックが製作した白黒映画。今見ても十分面白いです。でも私が一押ししたいのは1979年のBBCドラマ版!写真に挙げたやつです。youtubeで見たけどDVDがないのですよ!あれば買ったよ!だから大っぴらに勧められないけど一番面白いのだから仕方がない。音楽が美しく悲しげでゆったりと時が流れるいかにもな英国ドラマ、愚直なくらい原作に忠実です。マキシムはあの!グラナダ版シャーロック・ホームズでお馴染みのジェレミー・ブレット!しかしどう見てもホームズと同一人物とは思えない。どこにも面影が見えなくて何度も頭をひねりましたw でも色気が半端ないのは変わらなかったですw 上品で優しいけどどこか影を背負い内面に鬱屈した怒りを抱える複雑なマキシムぴったり!そして「わたし」はジョアンナ・デイビッドという人だけど、1995年BBC「高慢と偏見」のガードナー夫人と言えば知ってる人多いんでないかな?そう、リジーの良き理解者(そして数少ないまともな親戚w)である叔母さんです。この2人が原作のイメージぴったりで、愛情表現はむしろ原作より控えめだけどchemistry(相性)がいいせいかそれでもグッと来ました。そしてダンヴァース夫人も怪演と言っていい位にハマっててすごいです。「わたし」を追い詰めるシーンは何度見ても息を止めて見入ってしまう。この女優さんはジェレミー・ブレットの前妻というのだから面白いですね。よく同じ職場で働けるよなと思うw 私が原作を読む気になったのも実はこれがきっかけなんです。他にもイギリスで1997年にリメイクされたものがあるけど、ここで「わたし」を演じているのは1979年版「わたし」の娘、エミリア・フォックス(そして「高慢と偏見」のジョージアナ・ダーシーでもある)!つまりガードナー夫人とジョージアナは実の親子だったという訳ですね(何のこっちゃい)。マキシムはチャールズ・ダンス。彼は前に紹介したイェストン/コピットの「オペラ座の怪人」(つまり「ファントム」ですね)ドラマでエリックだった人です。このドラマも面白いんで機会があったら見て欲しいなあ。最後は()だらけのトリビア披露になってしまったけど、それぞれの映像化作品を見比べるの楽しいです。でもお手軽に見られるのは一番古いヒッチコックの映画ってのがなあ…これもそろそろまたリメイクされないかしら?

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